240405
日記の新機軸か。
貯めておいて思い付いた日について書く。
もはや順序は無視
なおさない
今日は昨日のことを書いておきたい。
朝はスッキリ目覚めたが
暫く布団で浪曲を聴く。
本を買うたら手に入れた予約特典データで町田康さんの歌集くるぶしの本人による朗読をテレビになにして本の画像をみながら聞く。
私の好物のひとつに町田さんの言葉がある。
テレビにくるぶしが映ったあるのが面白くて写真を撮って壊苦素に投稿す。
二度寝してしまい。
あまり余裕もなくなった。
風呂にさっと浸かり
服はなんにしようか。
今日の温度を調べる。
それならこれかと決めたが
いや待てよ。
実地に外の空気を感じよう。
と、外に出てみたらさぶい。
服をかえました。
この時期難しい。
少し早めに出て駅で箱根そばでもと思ったが、ちょっと時間が
やめてすぐ浅草へ
途中電車内でTwitter(エックスといふ言葉がきらひなので頑なに使う)をみる。
私は顔がひどくにやけてしまい完全にイカレポンチの顔になっていたにちがいない。
町田さんが初めて私のtweetにいいねをしてくれたのだ。
なんでなのか全くわからぬが町田さんは私をフォローしていて相互フォローとなってからもう多分4、5年とか経つだろう。しかしながら会ったことはない。
ともかく私はとてもとても嬉しかった。
町田さんは私のくだらぬtweetをたぶんたまに目にしておるのだろう。
と、言葉が浮かんだ。
進むも辛苦止まるも辛苦戻るも辛苦出すも辛苦出さぬも辛苦
浪曲鬼若三次に出てくる牛五郎親分の苦境。人生とはそんなものなのだろう。どうにもならないどん詰まり。
その実は楽しいことや面白きことなぞどう考えても一個もない浮世である。
じっと腰を据えて考えれば辛苦のみ。
しかしながら私は毎夜酒を飲んでいわばドラッグによる脳の悦びを引き起こしそうでなくてもこうしてたまには嬉しみたまには楽しみ生きている。
家を出てから大体一時間で浅草
少し浅草にも慣れて
行きは浅草駅で降り帰りは田原町駅から乗るといふやり方になっている。
浅草寺はものすごインバウンド客つまり外人だらすけであった。おっそろしい人数の外人。外人の海。外人の嵐。外人の山。
私も外人か。外人みな兄弟
おいこのがっきゃ、がいじんがいじんゆうなボケと怒られた。
といふこともなくて仲見世の側道を歩き境内を斜に進む。桜は大分咲いていて8分くらいか。
また木馬亭向かいのカレーパン屋でカレーパンをもとめ木馬亭へ
ギリで入ったがお客は少ない。
多分当初は20人いるかいないかくらい。
みなNHK東西浪曲大会に行ったのだろう。
私は落選組だ。ここにおるものの大半はたぶんそうなのだろう。
今日は女の客が極端に少ない。
といふかいない。
みなさん大会に当選したのだろうか。
それとも今日の顔付けは女性に人気がないのだろうか。
それにしてもなんとも心持ちのよい場所である。木馬亭の中に一歩足を踏み入れたらファンタジーの世界だ。昭和45年から時が止まっているかのよう。うらぶれた感じが堪らない。私はここに棲んでもよい。何か古いタイプの防虫剤の匂い。匂いがタイムスリップ感を起こさせるのにかなり作用しているだろう。除菌され薄められ行く浮世とは違い洗練といふ言葉を知らないかのような場所。ずっとこのままでいて欲しい。
富士琴哉から
私は今日は実はこのひとが楽しみで来た。
今年木馬亭に初出演した新人のひと。
よく木戸番をしていて顔は見知っている。
火曜亭の質問コーナーで司会なんかをやると入門したばかりだといふのに妙に口が上手くてベテランの感じさえある。もしかしたら落語あがりか。師匠のパワハラに耐えきれず辞めて競争の少ない浪曲に来たのか。若いのか老けているのかよくわからない年齢不詳顔。しかしながら多分いっていても30半ばくらいだろう。そんなことを考えたりして気になっていたこのひとの口演を初めて観る。
幕が開く
頭を上げると琴哉くんの唇は紫色だった。緊張して顔から血の気が退いている。手慣れたあの口調のあの男もやはりまだまだ青い若者であったのだ。
パラパラの拍手
外題を告げる。
普通はここでまた拍手が起きるが私がパチンと一打ちしただけで他は誰もやらない。
ますます緊張さしてしまったのではないか。まず節から。出だし乙の声(低い)から。極めて小音。あかんか。と、思ったが甲の声(高い)はスパンと綺麗に出た。案外綺麗な上声(つまり端的にいふと自然な声であって昔のあの所謂塩辛声のひとは今はあまりいない)だ。
メリスマもキレイに回りテクニックもある。ピッチもしっかりしている。これは筋がよい。
調子に乗って来ると顔に生気が出てきて唇にも赤みが差してきた。
素人の私からみても素質は充分ある。
是非稽古を積んで大看板になって欲しい。
演目は武士と恋
三味金魚
次は
東家千春
三味線は沢村豊子
豊子さん足が良くないからかセッティングに時間がかかり幕の向こうからいろいろな話し声が聞こえてくる。
これは私のこれから次第ではあるがもしかしたらいづれ浪曲関係者にみられてしまうブログになる可能性もある。しかしながら私の感じたままを臆せず書かせていただく。全きの部外者だから書けることもある。
私は本人のためにも名人豊子師匠を早く引退に向かわせてあげるべきだと思う。実演を見始めた時から感じていた。往年のプレイは出来なくなっているどころか浪曲師のパフォーマンスに悪い作用を及ぼしている場合もある。拍子の方はまだ良くて問題なのは調子つまりピッチである。
幕の向こうで懸命に調弦しているのが聴こえる。普通は楽屋でやってくるはずだが。お、合ったなとおもった次の瞬間三の糸をなんでかガクーンと下げた。え、
それでいいのか。誰も進言せんのか。
始めてしまった。
結果 無論厳しい浪曲となってしまった。
千春さんよくやった。
今日の狂い具合はベテラン浪曲師でさえカバーできる限界を越えていた。
お客もみんな感じていただろう。
痛々しい。もうなんとか勇退さしてあげてくれ。悲しみしかない。あんなすごいプレイヤーを本人がやりたがったとしてもこんな風に晒し続けるのはやめにして欲しい。私には決して楽しめない。年寄りだから大目にみようなぞと笑ったりなんか出来ない。タブーなんだろうか。持ち上げたいのはわかるしそりゃあとんでもない功労者なのだろうけれど、
例えばもし初めて浪曲を聞きに来たひとのことを考えたらどうだ。沢村豊子がかつての名人だとは知らずにこのプレイを聴いたら、
豊子さんの名誉のためみならず浪曲といふもの自体に悪い印象を持つかもしれないのだ。
スポーツ選手なんかと違って確かに潮時の判断は難しいかもしれない。本人がやりたいといえばいくらでもやれるのだろうけれどハッキリと質が悪くなってしまっているものをお客に聞かせ続けていてよいのか。
私は愉しそうに三味線を弾く往年のキレキレの豊子さんの映像を見てそれから今の豊子さんの映像をみながらこれを書いている。確かに今も愉しそうだ。辞めろなんてなかなか云えまい。時間のあまりないひとから生きがいを取り上げることになる。云えやしないだろう。
多分今のところは浪曲関係者やファンの目に留まることもないだろうが、
私には何も出来ないし差し出がましいだけのこんな日記はやめておくべきか迷っている。
が、長くなったので一端投稿す。