240504
電車に乗り
2時にオカスタ
今日はスタジオ休み。
音響なしで2人で稽古す。
楽曲と違ってなかなかに時間がかかるもんだ。何せ一席20分以上だし。
繰り返しやっても数回だ。
疲労するし。
だがいろいろ進捗し目処は完全にたった。
神田へ向かう
連雀亭
港家小ゆき之会不惑
四十の誕生日だそう
知人のご婦人ふたわりは既に着いていて席を取っておいてくれていた。
私はコユキTシャツを着ていった。
席はひとつふたつくらいしか空いていない大盛況。しかしながら、ここは普段は二ツ目のひとが出る寄席であまり広くない。四十人を少し越えるくらいか。小ゆきさんなら誕生日独演会はもっと盛況にならねばならんはずだ。私の還暦の会はゲストがあるし比べても仕方ないが、ジロキチソールドアウトになって欲しい。ゲストありなら尚のことならねばならんはずだ。
宮崎滔天の生涯より
書き下ろしの
「三十三年之夢」
「うしえもん」
三味美舟
私は昨年流山児の芝居「夢桃中軒牛衛門の」を観たから話は大方わかっているしそのあたり内容は長くなるから省く。
熱気を帯びた会であった。
小ゆきさんはこれなんといふか
例えば、芸を磨いてみせているわけだがそれ以外に本人が意識しているかどうかは別として小ゆきといふ人間を見せているといふのがある。
小ゆきが滔天の話を書き唸るといふことはこれすなわち滔天を通して自分自身を表現している感じがするのである。
もがき苦しみ何かと闘う人間がそこにははっきりと見える。
端的に云えばこれは小ゆきのメッセージなのである。
だから胸をうち、皆のボルテージも上がるのである。
同じ声援や盛り上がり方でもこの感じは、他の浪曲師ではあまり見られない。もしかしたら牛衛門はそうでそれ以来なのか。
ある意味、ライヴ場に出ているひとでよく感じることである。
話はそれる。
私もライヴ場にはひとを見に行っているのである。
もがき苦しみそれでも立ち上がるひと、情けないことになってもなんとか歌うひと。病や或いは何か苦境にあっても音楽しかないと懸命にやるひと。
臆せず世の中にもの申すひと
変人。いい意味で。
悪人。いい意味で
ただただ不良。いい意味で
私は世の中からはみ出して行くようなひとが見たいのだ。
芸自体は正統派であるかもしれないが小ゆきさんは作品は浪曲界では異端であろう。
唯一無二の存在だと思う。
作品に野心があってそのあたりとても素敵だ。
だから私もそれだ。
ひとつには素人だといふことを逆に長所とみたいといふのがある。私は11年前まで長らくグレイトアマチュアリズムの中におったからわかったことでありすごく思うのは、素人の方がいろいろ気が回るといふか視点が広いといふ事である。特に捨てるものも失うものもないからどんなことにでも気が向けられて実験的なことも平気でやれる。だから私は今は十数年前にたち戻っただけなのである。正しくあの時の気分だ。こんな年で大して今さらやれるわけもないのに変に芸人みたいになることはない。フリードムでいたい。意識だけはいつも突進していたい。
そんなことを考えたりもしていた。
いつかといふか近い将来JIROKICHIあたりで
浪曲のひとを呼んでジョイントしたいなあ。
そして私なぞはどうでもよいからライヴ場に来るひとに浪曲の素晴らしさが伝われば良いと思う。少しは浪曲ファンにも来てもらって私のような変なのがいると知ってもらえたら尚良いが期待はしない。
ゲスト候補には無論小ゆきさんも入っている。パンクロック出身らしいし馴染むだろうが、どうも御本人はあくまでも浪曲のフィールドで自分の作品を表現していきたいといふのがありそうだ。
ともかく
素晴らしい会であった。
終演の挨拶が終わり私は前へ出てお誕生日プレゼントを手渡した。浪曲師にプレゼントを渡すのは初めてだ。良かった。
外に出て昨日来てくれた町田のひとに挨拶す。
私とおかやんと知人ふたわりでやぶ蕎麦
板わさ他誂え清酒。
ほかせいろうを頼んだ。
次に新宿へ移動。
良い居酒屋へ入る。
11時閉店で早い。
知人ひとりは帰ったが
3人で別の居酒屋
あまり覚えていないがシータクでけえった。8500円したのはそれははっきり覚えている。