W.C.カラスの駄々漏れ日記

W.C.カラスの日記です

231126

wckarasu
チェックアウトして
何か食べたいなあ。

街中に車を停めて

まずはサ店へ。
モーニングはやっておらなかった。
100均で老眼鏡を買う。
ホテルに忘れたからだ。

そいから
おかやんが知人の建てたスタジオへ顔を出したいといい。
それはシナロケのドラムだったこともある金崎さんがやっているロック会館といふスタジオであった。
金崎さんと挨拶す。
素晴らしい、か~わい~スタジオ。
アート、クリエイティブ。
ビルを一件建てたある。
なんたらバイタリティー、か或いは財力があるのか。金崎さんは借金だらすけだと言っていたからきっと思い切りの良いひとなんだろう。
わたくしも見習わなければ。
バ~~ンッてなんかこう思い切りのいいことをやりたいねえ。
どうせ残りいくらあるかわかったもんじゃない人生だ。

金崎さんになんかうまいもんはないか聞いたが近くにはないといふ。

仕方がないからインターに向かって走る。
ピンと来るものがなく結句高速SAでめし。

なんか豚肉とかエリンギとかの丼が推してあってそれを食らう。
まあまあ。

2時過ぎに田川に着く。
ダイヤモンドムーン。

今日は出るバンドが多くて早くにリハなのだ。
福嶋会長に挨拶す。
知らないひとに簡単に説明すると古くからのプロモーターつまり呼び屋である。
会長が田川に来いと言ってくれたのだ。
ありがとう存じます。
私は酔っぱらって会長に悪態をついたことが2度もある。なんで知っているかと云えば会長が覚えていて未だそれをいふからだ。だが素面の時はおとなしいとわかってくれ此度は世話してくれた。
なんで悪態をついたかといふと多分私は会長が好きだからだ。私をもっと見てくれ!とまるで少年のように思っていたからだ。多分間違いない。

リハをやって

会長が店の前を流れる彦山川を見ながらその辺に誰それが住んでいたと田川の有名人の名をあげる。なんたらおっそろし芸能のひとだらすけなんだろうか。

まず、これは誤解があってはいけないから断っておくが此度もそうだしこれまでも田川で嫌な目にあったことなぞこれっぽっちもないし大半が善良な市民に決まっているしもつ鍋がめちゃくちゃ旨いし知り合いも含めて田川出のミュージシャンいっぱいいるしいいところだといふ思いでいるが

田川といふところはおっそろしとこだと福岡のひとはいふ。
筑豊ナンバーは避けて通れなぞ云ったり。
アントニオ佐々木からもいろいろと聞いた。あっこでひとが撃たれた、あっこで刺されたなぞ教えてくれたものだ。

これはめったなことは書けないから本人から聞いたことだけにとどめるが佐々木のお父さんは役所に勤めていて土木事業のある案件でヤクザに一週間も監禁されたことがあったといふ。
自分の命さえどうでもよいと思っているような捨て身のおっそろし人間がたくさんいるのだといふ。
だがいまはまずそんなことはないだろう。

昔は炭都として栄えた町。
今でも煙突が2本、すっくと立っている。
ノスタルジアに溢れた町である。

ホテルにチェックインす。

しばし寝る。

夕刻 歩いてダイヤモンドムーンへ。
伊田商店街を歩いてみる。
ほとんど人通りはない。
長い商店街だ。

店もほとんどやっておらない。

スケートボード禁止
通報しますと書いたある貼り紙

しかしながらそんなことはどこ吹く風と少年らはスケボーをやっている。

店に戻るとたくさんのひとがいた。

私たちも含めて四つものバンドが出る長丁場だ。
私たちまで残ってくれるのかどうかはわからないがありがたい。
会長はあまりひとが来ないなぞ言っていたが流石会長だ。

会長は最初のkMCといふバンドをバックに数曲歌った。

次に嬉嬉z、Rusticとやる。
素晴らしいしっかしりた演奏力のあるバンドばかりだ。

お客は続々来て続々と帰って行った。

我々の番になると聴衆は数人を除いて殆どがバンドの人たちといふ感じにはなったが良いライヴだったと思う。

すごく良かったと何人も声をかけてくれた。

打ち上げもやってもらい会長はまた来いと言ってくれた。店のひとたちも。
ありがとう存じます。

ホテルに戻る。
隣のコンビニで酒を買い、おかやんの部屋で我々だけの打ち上げをやる。