130226
労働 神社伐採終了 困難な作業も首尾よくいった。
帰 モツ鍋 飲酒 まずVろー金棒鬼殺しを呑み次に 脇から貰った搾りたて生酒鬼殺しを呑む。 食後にこれまた脇から貰った高級チョコを喰らう。旨いっ!
宅ライ 金属ギターは冷たいし重いし実に疲れる。すこし嫌いである。
しかししてこんくらいがちょうどよい。あまりに良すぎると支配されてしまう。
メロメロはいけない。
ギターの形を女性に例えたりして喜んでいる助平な男どもがよく居るが形はどうあれあながち外れてもいまい。
私もこの金属ギターはパッと弾いてみてカーンと来てすっと買ってしまったのだが、
家に来てからは嫌なところが次第に見えて来てどうも思っていたのと違ってきた。
しかし買ってしまったものはしようがない、いまさら放り出すわけにはいかぬ。
一緒に夜中中吹雪の中を歩いた中でもあるし。ねじ伏せていくしかない。
俺に似合いのギターであろう。 脛に傷持つ気の置けない奴である。
良いところもたくさんあるのは事実だ。まず、人目を引くであろう。
ぴかぴか光る。先日なぞスポットライトが反射しチカチカして目が痛くなるという人もあったほどだ。一応高級ギターであるからそのような事で騙されるというか価値観を見出す人は観る目が違ってくるだろう。嫌な事でもあるが。
次に音がでかいという事もよいことかもしれぬ。ただ、夜中窓を開け放って弾くということはちょいと気が引けてしまう。それに弱く弾いてもでかい音がするというかピアニシモにならないのでどうも繊細な演奏が出来ない。それに耳の良い人なら聴こえると思うのだが常に金属板が不協な音を発している。これは木製ではまずない。弦しか音を殆ど発しないからだ。木は弦に呼応してなるだけである。ところが金属ギターときたら自分自体で音を響かせてしまうのである。これは家に来なければなかなか気付かない点だ。私なぞ気になって気になってどうにも唄の調子が狂う時がある。それでも最近はなれてきた。唄い方が変わってきたのを自分でも感ずる。ギターに対抗するためだ。決して従っているわけではない。
ギターの指板が広いというのも特徴だ。クラシックギターより少し狭いかなというくらいだ。
これが案外具合が良い。指と指の間に非常に余裕が出来、特に右手のフィンガーピッキングがやりやすい。クラシックギターもそのような事から広くしてあるのかもしれぬ。
ネックも気に入っている。太くて厚い。私は手が人より小さいがそれでもそのような型が好きなのである。中に鉄芯いわゆるトラスロッドなぞ入れなくとも充分に頑丈である。
音が強い。カーンと出る。膝の上に平行に置いて自分に聴こえるように弾くと凄まじい音圧である。 スライドバーは金属でなければならない。私はもともとガラスバーの方が好きである。しかしガラスはどんなに厚いやつを使おうとも共鳴板がうまく響かないことが判明した。どう言う理屈かはわからないが圧倒的に金属バーの方が太い音が出る。木のギターではこんなに顕著には現れない現象である。
バランスは非常に悪い。ボディー側が重いのでうっかりすると右側にズルンと落ちそうになる。ネックを持つ手に余計な力が入るのだろう。肩が痛くなったのはこのせいだと思う。
金田くんが来たライブでは特に私は井波でいつもより長くやったし二日連続でもあった。
そして翌日肩が上がらなくなったのだ。おそらくこのギターのせいである。
音の質は不思議な感じで好きだ。金属というと無機質、無味乾燥とのイメージが湧くであろうがこれが何故だかヒューマンなというか有機的な得も言われぬ唯一無二の温かみのあるといってもいい位の音なのである。シングルコーン(共鳴板が一枚)の金属ギターではもっとからっとした感じであるがトライコーン(三枚)では何か少しこもった様な湿り気のある音がするようだ。タンパレッドの音である。気に入っている。
兎角嫌なところもたくさんあるやつだが今ではこれの方がなじんできて前のヤマハギターにはとんと触れなくなった。 独特というのはやはり魔力である。
ヤマハが物足りなくなってしまったのだ。 苦しくてもそれを欲するようになってしまった。 兎角格闘して行こうと思う。
帰 モツ鍋 飲酒 まずVろー金棒鬼殺しを呑み次に 脇から貰った搾りたて生酒鬼殺しを呑む。 食後にこれまた脇から貰った高級チョコを喰らう。旨いっ!
宅ライ 金属ギターは冷たいし重いし実に疲れる。すこし嫌いである。
しかししてこんくらいがちょうどよい。あまりに良すぎると支配されてしまう。
メロメロはいけない。
ギターの形を女性に例えたりして喜んでいる助平な男どもがよく居るが形はどうあれあながち外れてもいまい。
私もこの金属ギターはパッと弾いてみてカーンと来てすっと買ってしまったのだが、
家に来てからは嫌なところが次第に見えて来てどうも思っていたのと違ってきた。
しかし買ってしまったものはしようがない、いまさら放り出すわけにはいかぬ。
一緒に夜中中吹雪の中を歩いた中でもあるし。ねじ伏せていくしかない。
俺に似合いのギターであろう。 脛に傷持つ気の置けない奴である。
良いところもたくさんあるのは事実だ。まず、人目を引くであろう。
ぴかぴか光る。先日なぞスポットライトが反射しチカチカして目が痛くなるという人もあったほどだ。一応高級ギターであるからそのような事で騙されるというか価値観を見出す人は観る目が違ってくるだろう。嫌な事でもあるが。
次に音がでかいという事もよいことかもしれぬ。ただ、夜中窓を開け放って弾くということはちょいと気が引けてしまう。それに弱く弾いてもでかい音がするというかピアニシモにならないのでどうも繊細な演奏が出来ない。それに耳の良い人なら聴こえると思うのだが常に金属板が不協な音を発している。これは木製ではまずない。弦しか音を殆ど発しないからだ。木は弦に呼応してなるだけである。ところが金属ギターときたら自分自体で音を響かせてしまうのである。これは家に来なければなかなか気付かない点だ。私なぞ気になって気になってどうにも唄の調子が狂う時がある。それでも最近はなれてきた。唄い方が変わってきたのを自分でも感ずる。ギターに対抗するためだ。決して従っているわけではない。
ギターの指板が広いというのも特徴だ。クラシックギターより少し狭いかなというくらいだ。
これが案外具合が良い。指と指の間に非常に余裕が出来、特に右手のフィンガーピッキングがやりやすい。クラシックギターもそのような事から広くしてあるのかもしれぬ。
ネックも気に入っている。太くて厚い。私は手が人より小さいがそれでもそのような型が好きなのである。中に鉄芯いわゆるトラスロッドなぞ入れなくとも充分に頑丈である。
音が強い。カーンと出る。膝の上に平行に置いて自分に聴こえるように弾くと凄まじい音圧である。 スライドバーは金属でなければならない。私はもともとガラスバーの方が好きである。しかしガラスはどんなに厚いやつを使おうとも共鳴板がうまく響かないことが判明した。どう言う理屈かはわからないが圧倒的に金属バーの方が太い音が出る。木のギターではこんなに顕著には現れない現象である。
バランスは非常に悪い。ボディー側が重いのでうっかりすると右側にズルンと落ちそうになる。ネックを持つ手に余計な力が入るのだろう。肩が痛くなったのはこのせいだと思う。
金田くんが来たライブでは特に私は井波でいつもより長くやったし二日連続でもあった。
そして翌日肩が上がらなくなったのだ。おそらくこのギターのせいである。
音の質は不思議な感じで好きだ。金属というと無機質、無味乾燥とのイメージが湧くであろうがこれが何故だかヒューマンなというか有機的な得も言われぬ唯一無二の温かみのあるといってもいい位の音なのである。シングルコーン(共鳴板が一枚)の金属ギターではもっとからっとした感じであるがトライコーン(三枚)では何か少しこもった様な湿り気のある音がするようだ。タンパレッドの音である。気に入っている。
兎角嫌なところもたくさんあるやつだが今ではこれの方がなじんできて前のヤマハギターにはとんと触れなくなった。 独特というのはやはり魔力である。
ヤマハが物足りなくなってしまったのだ。 苦しくてもそれを欲するようになってしまった。 兎角格闘して行こうと思う。