180219
ロイキさんちで昼前にベランダで煙草を喫んでいたら向かいの北のの前に開店前だというのにトムくんが並んでいた。
私は慌ててすぐうどんを喰らいに行こうとロイキさん、あやさんに云った。
なんとなればトムくんは腹が太いからだ。
私はよくおごってもらっておる。
つまりたかりに行こうと言うわけだ。
私たちはそうやってなんとかひとの厚意に駄々甘えしてギりで高貴で優雅に生きていく汚れた聖職者であるから良いのである。
私は気になっていた豚の黒酢餡掛けうどんにした。あやさんは私が今一だと思った牡蠣のはりはりうどん。あとのひとは多分限定メニューにしなかったはずだ。
私とロイキさんはビイルを呑んだ。
するとトムくんがそれは私がもつという。んっがっとっと。
つまりうどんは持たぬということで少しがっかりした。
それに黒酢餡掛けうどんもしくじりだった。
折角のここの旨い昆布だしが黒酢に完全に負けてひとつもよくない。
今回二回北のに行ったがうままままままままはあげられない。うままままをあげられなかったのは始めてである。
一時半ごろ出立。
三時前に磔磔に這入る。
本日はロックアゴーゴー企画代表しのやんが入院のため代わりに奥さんが来てくれた。
私が磔磔に出ているのはロックアゴーゴーからの誘いなのである。
私はひとつも知らなかったが東の東京ロッカーズ、西のロックアゴーゴーというひともあるそうだ。
しのやんは幸いすぐに復帰できるそう。
ハニーメイカーは本日はトアー先の岡山から。
リハをみっちりやる。
磔磔ワンマン、気合いが入ろうというものだ。
よいライヴになろうことよ。
それで私はジャンパーが化学的綿引のジャンパー赤レノン千円以下がほつれてほつれてむちゃくちゃになって来たからこんだは豪勢にダウン羽毛にしてみるかってんで寺町通り、新京極あたりをぶらついた。
ない、少しくらい奮発してもよいと思ったが地味な色のしかない。
やあめた。また赤レノンで綿引を探そう。足を棒にしてコーヒー屋で慌ててホットドッグを押し込んでギリで磔磔に戻る。
慌ててスーツに着替えてはっはア!KINGの気分。
ワイはいっぺんKINGになりたかったんや。
それでハニーが先に出ていってワタシを呼び込む前にステージを温めておく。
私は楽屋の階段から目を細めて見物している。
インストを初めて暫くして湯田くんが私を呼ぶ。
キングオブブギーにしてくれた。
両手を高々と挙げてパラパラの観衆のしかしながら篤い拍手、声援を受けながら登壇す。
これや、これがやりたかったんや。
ハニーはぐんぐん演奏がよくなっておって実にやりやすいしなんでもかんでも任せられる。
私は自由だ。
月曜の七時開始、いまの私の知名度ではお客さんは無論パラパラだがみな顔がよい。
なんとなればそれは私の顔がよい、ハニーの顔がよいからだ。
つまりサウンドもよい。
私たちはキラキラしていたのはまちがいない。
正直に書こう、私はステージ上から歌いながらお客を数えた。20人あまりだった。
だがいまの私に人数なぞ関係なかった。
私は真にキングオブロックンロールになっていたのだ。
なんという多幸感だろう。
私はアホかもしれないが感じてしまっているのは本当なのだからそれでよいのだ。
おい!ゴッドよもっともっとくれ。
私はジョンリーみたく最後は軍手でギターをやめて歌った。ブギ大臣三浦くんも客席におるから無論あげる。すべてはキングである私のためにおるのである。
私だけ先に去る。
それで当然アンコール。
また、ブギだ。
それで最後はブーツショーをやって去っていくわたし。
客席では意味がわかるひとはあまりおらんようで三浦くんだけ爆笑していた。
ああ、またやりたい。
私は癖になりそうだ。
しかしこんなことをやれるバンドでいうことを聞いてくれるのはいまのところハニーだけだろう。
ハニーは素晴らしいできだった。
そして私は無論素晴らしくもうすぐ磔磔を一杯にするミュージシャンになるだろう。
終わって今日はハニーの面々もゆっくりできて閉店まで語り合った。
それで三浦くんを引き連れてスターダストクラブへいった。
私は三浦くんによい酒をドンドン飲んでくれと言った。
藤森さんも出し渋るよいホイスキーが。
とそこへ、先ほど見てくれていたi上さんが来て飲ましてやれと五千円札を出してくれた。
実に旨い。
竹鶴の17年。
空になった。
私は三浦くんにKINGだがらかっこつけておごるつもりでいたが結句2000円しか払わなかった。
三浦くんはリッチホテルへ、私は藤森さんとうちに帰って寝た。
私は慌ててすぐうどんを喰らいに行こうとロイキさん、あやさんに云った。
なんとなればトムくんは腹が太いからだ。
私はよくおごってもらっておる。
つまりたかりに行こうと言うわけだ。
私たちはそうやってなんとかひとの厚意に駄々甘えしてギりで高貴で優雅に生きていく汚れた聖職者であるから良いのである。
私は気になっていた豚の黒酢餡掛けうどんにした。あやさんは私が今一だと思った牡蠣のはりはりうどん。あとのひとは多分限定メニューにしなかったはずだ。
私とロイキさんはビイルを呑んだ。
するとトムくんがそれは私がもつという。んっがっとっと。
つまりうどんは持たぬということで少しがっかりした。
それに黒酢餡掛けうどんもしくじりだった。
折角のここの旨い昆布だしが黒酢に完全に負けてひとつもよくない。
今回二回北のに行ったがうままままままままはあげられない。うままままをあげられなかったのは始めてである。
一時半ごろ出立。
三時前に磔磔に這入る。
本日はロックアゴーゴー企画代表しのやんが入院のため代わりに奥さんが来てくれた。
私が磔磔に出ているのはロックアゴーゴーからの誘いなのである。
私はひとつも知らなかったが東の東京ロッカーズ、西のロックアゴーゴーというひともあるそうだ。
しのやんは幸いすぐに復帰できるそう。
ハニーメイカーは本日はトアー先の岡山から。
リハをみっちりやる。
磔磔ワンマン、気合いが入ろうというものだ。
よいライヴになろうことよ。
それで私はジャンパーが化学的綿引のジャンパー赤レノン千円以下がほつれてほつれてむちゃくちゃになって来たからこんだは豪勢にダウン羽毛にしてみるかってんで寺町通り、新京極あたりをぶらついた。
ない、少しくらい奮発してもよいと思ったが地味な色のしかない。
やあめた。また赤レノンで綿引を探そう。足を棒にしてコーヒー屋で慌ててホットドッグを押し込んでギリで磔磔に戻る。
慌ててスーツに着替えてはっはア!KINGの気分。
ワイはいっぺんKINGになりたかったんや。
それでハニーが先に出ていってワタシを呼び込む前にステージを温めておく。
私は楽屋の階段から目を細めて見物している。
インストを初めて暫くして湯田くんが私を呼ぶ。
キングオブブギーにしてくれた。
両手を高々と挙げてパラパラの観衆のしかしながら篤い拍手、声援を受けながら登壇す。
これや、これがやりたかったんや。
ハニーはぐんぐん演奏がよくなっておって実にやりやすいしなんでもかんでも任せられる。
私は自由だ。
月曜の七時開始、いまの私の知名度ではお客さんは無論パラパラだがみな顔がよい。
なんとなればそれは私の顔がよい、ハニーの顔がよいからだ。
つまりサウンドもよい。
私たちはキラキラしていたのはまちがいない。
正直に書こう、私はステージ上から歌いながらお客を数えた。20人あまりだった。
だがいまの私に人数なぞ関係なかった。
私は真にキングオブロックンロールになっていたのだ。
なんという多幸感だろう。
私はアホかもしれないが感じてしまっているのは本当なのだからそれでよいのだ。
おい!ゴッドよもっともっとくれ。
私はジョンリーみたく最後は軍手でギターをやめて歌った。ブギ大臣三浦くんも客席におるから無論あげる。すべてはキングである私のためにおるのである。
私だけ先に去る。
それで当然アンコール。
また、ブギだ。
それで最後はブーツショーをやって去っていくわたし。
客席では意味がわかるひとはあまりおらんようで三浦くんだけ爆笑していた。
ああ、またやりたい。
私は癖になりそうだ。
しかしこんなことをやれるバンドでいうことを聞いてくれるのはいまのところハニーだけだろう。
ハニーは素晴らしいできだった。
そして私は無論素晴らしくもうすぐ磔磔を一杯にするミュージシャンになるだろう。
終わって今日はハニーの面々もゆっくりできて閉店まで語り合った。
それで三浦くんを引き連れてスターダストクラブへいった。
私は三浦くんによい酒をドンドン飲んでくれと言った。
藤森さんも出し渋るよいホイスキーが。
とそこへ、先ほど見てくれていたi上さんが来て飲ましてやれと五千円札を出してくれた。
実に旨い。
竹鶴の17年。
空になった。
私は三浦くんにKINGだがらかっこつけておごるつもりでいたが結句2000円しか払わなかった。
三浦くんはリッチホテルへ、私は藤森さんとうちに帰って寝た。