W.C.カラスの駄々漏れ日記

W.C.カラスの日記です

150214

wckarasu
労働 本来なれば第二土曜は休みだがツアーの分を振りかえるため出る。

ひとり伐採 集材 造材

帰 ハンバーグ キャベツ千切り わかめジャガイモお付け。

過日もらった二本松の清酒大七をぬくめて呑む。

HTKさんからメイルありて数回やりとりしたところではたとやむ。

知人よりシーナ氏死去の報が入る。



今日はAratetsuでキャットにゃんだふるフォーク部こと竹田信吾氏のアルバムリリースライブをやっている。

とまれものを産み出すのはめでたいことだ。



私が人前で演奏を始めたのは無論音楽自体にしびれていたのもあるがこれは完全に慾である。

まるで苦節があって今日僥倖が訪れたかのように思う人もあるかもしれないが私にはそのような思いは一切ない。

ただの慾であり誰に頼まれたものでもあるはずもないし誰のためでもない。

生来のショウマンシップといえば聞こえがよいがつまるところ実に子供じみた目立ちたがり褒められるのが三度の飯よりも好きという浅ましい質に寄るものであるのは間違いのないところである。
そしてそのような素振りを見せぬよう細心の注意を払ってはいるが負けず嫌いなのは自分でもってわかっている。

生来のものかもしれぬし或いは環境のせいかどうにも私の存在を知らしめたくて仕方がないのである。

ミュージシャンには小柄な人の割合が非常に高いのは良く知られるところである。
私も確かに中学生以降ずんずんと下手をすれば毎月のように整列の際前へ前へと押しやられついには高校生ともなれば万年最前列の憂き目に遭いもした。
確かにその時点では非情なるコンプレックスを植えせしめられたような気がする。

しかしながら私のショウマンシップは幼少の頃からのものでありこれとは関係ない。
小学生の高学年なればずっと後ろから二番目だったからだ。
一番後ろは常に異様にでかいTだだった。
まとまりのない話だが駄々漏れなのをご承知置き願いたい。

人前式演奏を始めてしばらくして私は装身具を身につける楽しみを知った。

今の三倍は付けていただろう。

盲目的、本能的虚栄心である。

だが至極当然のごときに私なぞより数段かっこいい輩がおり太刀打ち出来ぬと諦めを付けるとこんだは卑屈なる振る舞いをして存在感を出そうとその方面の逃げに躍起になったりもした。
真に持って浅ましさの極みである。

だがどうしてもショウマンシップの片鱗を隠すことが出来ず実に中途半端なもので思い通りにいかぬ歯がゆさも味わっている。

私のことを天然なのかどうなのか判然としない魅力があると云った人もいるが真に天然である。

私が文学好きになったのもこの類の話で
知の部分でもきゃつに遅れをとってはならんと云うまことに忙しい話であるが本までそのような実のないエネルギーで持って読みあさったのである。
そのうち活字中毒のようなことになりギターも触らない時期もあった。
こむづかしいような顔をして哲学なぞの話をしたものだがその実ただのマスインテリであり今思えば顔が熱くなる場面もあった。



無論元々幼少期より本の世界に没入するのは好きだったのだが。

確かにパニック障害にもなったりして神経質なる側面もありはするがこれもきっかけは何とも情けない話で中学三年の時遊園地の乗り物でパニックを起こしその感覚が残ってしまったものによるのである。
いわゆるPTSDだろう。
珍しい例ではあろうがあのようなものには気をつけたほうがよい。
私の高校時代は真っ暗闇に近い。
完全に話が脱線した。
またいつか詳しく書きたい。

そのように他人の評価を一番の原動力に生きてきた私に鉄槌をうちつけたのはゴキの登場であったのはハッキリという。

彼は好きな言葉ではないが所謂ホンモノであった。

前にも書いたが徹底的の自己モラリストである。
すべて己のみで判決を下していた。

そんな者と会ったのは私は初めてであった。

私は本能的に危険を察知したがここはひとつどうしても飛び込んで行かねばならんと妙に腹を決めた。或いは負けず嫌いの性分のせいかもしれない。
私は彼の才能に激しく嫉妬していた。

彼とバンドを組む段になると案の定苦しみの連続で常に何かを喉元に突きつけられた。

私にはまさしく地獄の天使のようにさえ思われたものだ。

私が何を感じたかは彼の音を聴けば敏感な人にはすぐわかると思う。

そしてついにお前をミュージシャンとは認めないという言葉を私に焼き印を押すように残して逝ってしまった。

私はしばらく何もする気が起きなかった。

ホンモノには俺はなれない。
ホンモノは自己破滅覚悟のかくのごとき人にしか無理なのである。


暫くすれば音楽をまたやりたくなってくるのはこれ、性である。
今度は全く純粋な気持ちだと自分で感じた。
評価は二の次。
まずやりたいことをやる。
私は大分荒れていたと思うがとまれ純粋だった。

純粋にうちひしがれていた。

今の私が少し着飾ったりショウマンシップを発揮したりするのは無論生来のものであるがゴキ以前のものとは性格がことなる。

私の思いはどう伝えるかにしかない。

私の珍奇な唄を珍奇好きにだけ聴いてもらえればそれでよいとは思わない。

私は何を伝えたいのか。
隙間であると思う。

それを広めようなぞいうのとは違う。隙間を狭められ抹殺されぬよう少しでも浸食していかねばならない。

同じ価値観を最初から持っている人のみ相手にしていては駄目だ。


私は伝える工夫をしているに過ぎない。

ボイスが一番のエレガントな武器である。


わかってもらえるだろうか。