W.C.カラスの駄々漏れ日記

W.C.カラスの日記です

0829

wckarasu
朝 6時半から朝食 勿論酒は残っている。

午前 集材機を動かしてみる。講師は私の嫌いなタイプの方の特殊人物であった。


昨晩 金をほとんど使ってしまったのでおにぎりをコンビニで弐個買い昼食とす。

暮れ六つに帰宅  Rんまた腹が痛いと言っている。ストレス的なものだろう。

夜 マアボウナス作る 他ミズ菜と油揚げの御付 酒は止す

一昔前、オカルト的な預言者やフォーチュンテラ―、霊能者などが雨後のタケノコのようにテレビに登場したが私は腹立たしかった。下品なのである。TのTが上品だなどとは決して言うつもりはないが人を不安に陥れるようなことはいった事がなかった。ましてや地獄に落ちるなどとは絶対いわなかった。
 金の亡者のようなものばかりであるのも腹立たしかった。TのTはタバコ銭で人々のために交信していた。そしてお告げは絶対にTのTに金銭が流れるようなものであったことがない。
 人は生まれながらにその性質があるわけではない。人格とは殆どが環境によって形成されるものである。前記の者たちはまるで何もかも最初から決まっているかのような物言いである。これは差別につながるのはいうまでもない。差別を認める時点で人間をあきらめているとしか言いようがないと私は思っている。
 そして彼らは自分をスぺシアルなヒトと位置付けているのは明白である。TのTはただの爺さんでしかなかった。私からすれば。霊を見たといっている人がいるがその中には自分をスぺシアルな者とせんがためそのようにいっているとしか思われない場合が見受けられる。
因みにTのTは交信はするが霊は観たことがないといっていた。
 本をよく読んだり物事を良く調べてみたりしていると頭でっかちになっているとかいって批判する人があるが一体なにも調べ無くとも直感で何でも分かるとでもいうのであろうか。
 学習や知識を取り込む事は実に大事である。そしてどんどんいろんなことを経験しいろんなことをそぎ落としていくのである。経験とはそぎ落としていくことである。

続く

私は日記をつけ始めてかれこれ二十年になるが大体このうような箴言めいたことを書くと後年読み返して赤面するのが常である。